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2026/03/27

年度末、年度末、年度末。

そう口にしているのは人間だけで、世界のほうは少しも急いでいない。花粉はいつも通り舞い、朝も夜も変わらず巡ってくる。

シニア世代にとっては、もちろんそんな区切りは関係ないのだろう。

 

そんな時、一本の電話が入った。

「エアコンを外してほしいんだけど」

 

金額は?いつ来れる?と話は進む。電話番号はナンバーディスプレイで確認できるが、住所がなかなか出てこない。何やら紙を引っ張り出してきて、一生懸命調べながら読み上げている様子が伝わってくる。「大丈夫かな〜」と一抹の不安を感じながらも、金額をお伝えし、日程を決めて受話器を置いた。

ところが数時間後、「やっぱり金額が高いような気がして」とキャンセルの電話。

承知しました、と応じてその件は終わった――はずだった。

 

そして本日。

「まだ来ないんだけど」

 

電話の向こうはあのおばあちゃんだった。今日は作業予定日ではないし、そもそもキャンセルになっているはずである。事情を説明すると、「あれ、そうだったっけ」とやわらかく笑う声。

 

これは先の日程を伝えても難しいかもしれないなと思い、「明日行きますよ〜」とお伝えすると、受話器の向こうから安堵の声が返ってきた。

ああ、よかった。

その一言にすべてが込められているようだった。

 

こちらは年度末である。予定は詰まっているし、正直なところ「年度末なんだけどな〜」という思いも頭をよぎる。それでも、その声を聞いてしまうと仕方がない。

予定表どおりに動く仕事も大事だが、人の暮らしの時間はそれだけでは測れない。

 

ということで、明日はおばあちゃんの笑顔を見に行ってこようと思う


2026/03/25
855/1000 旅のおもひで   

末の娘が東京に卒業旅行に出かけた。

この日のためにできる限りのおしゃれを探し、早起きして丁寧にメイクをしての出発だった。

冗談半分で「芸能界にスカウトされるんじゃないか」などとひやかして見送った。

持って行ったのは、私のスーツケースだ。もう買ってから10年以上になる。当時はずいぶん吟味して選んだ記憶がある。その甲斐あって、とにかく壊れない。家族だけでなく、親戚の旅行にまで同行するようになり、すっかり我が家の旅の相棒になった。

 

仕事柄、処分されるスーツケースを目にすることが多い。まだ新しいのに壊れてしまったものも少なくない。そのたびに、長く使えるものを選ぶことの大切さを教えられてきた気がする。

 

スーツケースは少しボロボロくらいが、どこか猛者感があっていい。角の擦れや車輪の傷には、これまでの旅の時間が刻まれているように見える。

 

そのスーツケースが今、末の娘と東京を歩いている。旅の思い出をたくさん詰め込んで帰ってきてほしい。


2026/03/23
853/1000 大切な誰かを思い出す映画「ルックバック」   

昨日放映された「ルックバック」を観た。友人から「観るといいよ」とLINEが入り、息子に聞くと『チェンソーマンの作者だよ』と教えてくれた。

秋田県出身で、山形市の東北芸術工科大学の卒業生ということもあり、どこか身近な誇らしさを感じながら観始めたのだが、気がつけば静かに胸の奥を揺さぶられていた。

劇中に描かれる風景にも、どこか東北の空気のような落ち着きが感じられ、それもまた心に残った。

観終わったあと、ふと思った。きっとこの作品は、観た人それぞれの中にいる「藤野」と「京本」を思い出させる物語なのだろうと。友人かもしれないし、先生かもしれない。あるいは仕事の仲間かもしれない。違いを認め合いながら互いの中に住み続ける存在は、誰の人生にもきっといるのだと思う。

 

私にとっては父だった。

反発もしたし、距離を取りたいと思ったこともあった。それでも気がつけば判断の基準のどこかに父がいる。違う道を選んだつもりでも、その選択の根には確かに父の影響がある。経営の方向を変えようとしたときでさえ、父と向き合う時間でもあったのだと今なら分かる。離れたようでいて、離れきれない関係。それはきっと、友情とも師弟とも違う、もっと深い「一心」の関係なのだと思う。

この作品は、そんな自分の中に生き続けている大切な誰かを、静かに思い出させてくれる素敵な物語だった。ぜひ多くの人に観てほしいと思う。

2026/03/21
852/1000 偉いという鎧   

人生で一番怖いのは、「偉くなること」なのかもしれない。

人は本来、それぞれが尊い存在だ。

だから本当は、誰かより偉くなる必要などないのだと思う。

けれど立場が上がると、「偉さ」というものが静かにまとわりついてくる。

すると不思議なことに、自由に動けなくなる。

弱音を吐きにくくなる。

間違いを認めにくくなる。

人の気持ちに鈍感になる。

そして、人への要求だけが高くなっていく。

それは本当に良いことなのだろうか、と時々立ち止まって考える。

偉さとは、案外、自分をがんじがらめにする鎧のようなものかもしれない。

そんなことを思い出すたび、昔、師匠がよく口にしていた言葉が浮かぶ。

「先生と言われるほど、バカではない」

当時は少し照れ隠しのようにも聞こえたが、今なら分かる気がする。

「先生」と呼ばれる場所に安住しないという覚悟の言葉だったのだろう。

人からそう呼ばれた瞬間に、学ぶ側から教える側へと立場が固定されてしまう。

すると、問い続けることが難しくなる。

けれど本当に大切なのは、学び続ける側に立ち続けることではないか。

偉いと言われることよりも、昨日より少しだけ分かるようになること。

人の話をちゃんと聞けること。

分からないと言えること。

その方がずっと自然で、ずっと自由だ。

だから私は思う。

偉いという鎧など、まず捨て去ろう。

軽くなった分だけ、人に近づける。

そして少しだけ、自分にも正直になれるのだ。

2026/03/19
850/1000 ゴミは偉いのだ   

ゴミというものは、いっしょくたに語られがちだが、実にいろいろなことを教えてくれる。

この時期は、鼻をかんだティッシュが多い。花粉の季節だとわかる。

そして今は、引越しゴミのピークでもある。

 

卒業式も終わったのだろう。

山形大学の学生らしい若者たちが、次々とゴミを持ち込んでくる。

使い込まれた家電や、少しだけくたびれた家具。

数年分の暮らしが、軽トラックの荷台に積まれている。

 

終わりと始まりが、同時にやってくる季節だ。

 

では、もうすぐやってくる運動会の季節は、何が教えてくれるのか。

 

それは、湿布のセロファンだ。

 

子どもは貼らないだろうから、にわかに頑張ったお父さんの姿が思い浮かぶ。

普段は走らないのに、リレーではつい本気になってしまう。

翌朝、足に違和感を覚えながら、苦笑いで湿布を貼る。

 

その証拠が、ゴミ袋の中にそっと残る。

 

学生たちの引越しゴミが「別れ」を運び、

湿布のセロファンが「奮闘」を伝える。

 

どちらも、ほんの一瞬の出来事なのに、

ゴミはそれをきちんと受け止めている。

 

誰にも気づかれないかもしれないが、

確かにそこには、人の暮らしがある。

 

そんな季節が、またやってくる。

 

ゴミは偉いのだ。

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