| 総合案内 | 0235-24-1048 |
|---|
| ゴミ受付 | 0235-25-0801 |
|---|
| 窓口 | 8:30〜11:45/13:00〜16:30 |
|---|---|
| 電話対応 | 8:00〜12:00/13:00〜17:00 |
| 定休日 | 日・祝・土曜不定休・年末年始 |
人は歳を重ねると丸くなる、と言う。
自分はどうだろうかと考えてみる。
プライドがなくなったかというと、きっとそんなことはない。
量は昔と同じなのだと思う。
ただ、扱い方が少し変わった気はしている。
昔は小さな鍋で煮ていたから、
すぐに煮立ってしまった。
今は少し大きな鍋になったのかもしれない。
それともローリエを一枚入れて、臭みを取る調理法を覚えたのか。
どちらにしても、
少し扱いやすくなった気はしている。
対人関係の中で、
自分の小さなプライドに気づくことがある。
特に、自分がどこかで下に見ていた人から
指摘されたときだ。
その瞬間、心の中で反発が生まれる。
「そんなこと言われる筋合いはない」
そんな気持ちが一瞬よぎる。
でも同時に、
「ああ、今いいカッコしようとしたな」
「いらないプライドだな」
そう気づく自分もいる。
プライドそのものは、きっとなくならない。
ただ、それを認知できるかどうか。
それが大事なのだと思う。
気づけば、少し修正できる。
気づかなければ、そのまま反応してしまう。
整理の仕事をしていると、
整えるとは、物を減らすことだと思われがちだ。
しかし本当は違う。
まずは
そこにあることに気づくこと。
そこから整えることが始まる。
人の心も、
案外同じなのかもしれない。
ブルーワーカーの時代が来るとは思っていなかった。
若い頃、世の中にははっきりとした空気があった。
頭を使う仕事が上で、体を使う仕事は下。そんな見えない序列のようなものだ。
特にゴミの仕事は、その中でも下に見られていた感が強かった。
今なら言葉を選ぶ人も多いだろうが、当時は普通に差別のようなものもあった。
子供の頃は、それを強く感じていた。
恥ずかしいというよりは、
相手がどうしても偏見を持ちたがる。
そんな空気を子供ながらに感じ取っていた。
そして後になって知ったのだが、
この仕事をしていることで、子供が学校で嫌な思いをする。
それが理由で仕事を辞めたスタッフもいたと聞く。
それほど、この仕事は世の中から低く見られていた。
これまで映画やドラマでも、
この仕事は「行くところがない人がやる仕事」のように描かれることが少なくなかった。
それに関しては、正直なところ我慢ならない。
社会は必ずゴミを出す。
そしてそれを回収し、分別し、資源として循環させる人がいなければ、
社会は一日たりとも回らない。
つまりこの仕事は、社会の裏方ではあるけれど、
社会を支える基盤の仕事でもある。
最近はAIの話題をよく耳にする。
文章を書き、資料を作り、データを分析する。
これまでエリートと呼ばれてきた仕事の中には、AIに置き換わっていくものも増えていくだろう。
では、現場の仕事はどうだろう。
重たいものを持つ。
現場の状況を見て判断する。
人と話しながら段取りを組む。
こういう仕事は、簡単にはAIに代われない。
ブルーワーカーの時代。
そんな時代が来るとは思っていなかった。
だから私は、この仕事をもっと磨いていきたいと思う。
胸は張る。
だが、威張るのとは違う。
社会の循環を支える仕事を、
静かに、誇りを持って続けていく。
昨日は息子の英検の面接試験の送迎をしていた。
英語の試験といっても、筆記ではなく面接だ。英語力だけではなく、コミュニケーションとして成立するかどうかを見られる試験らしい。
前回は不合格だった。理由は「態度」。
英語の内容ではなく、評価項目の態度で減点されたということで、息子的には少し納得がいかなかったようだ。
そこで今回は対策を考えたという。
相手の目を見て話す。
手を机の上に出して組む。
そして、自信がある自分を精一杯演じる。
なるほど、と思った。高校生なりに面接というものを観察し、どう振る舞えばよいかを考えたのだろう。
服装は自由ということで彼は、ライトグレーの太めのスラックスに黒のVネックで出かけようとした。それでも悪くはないが、私は少し気になった。
「襟付きの方がいいんじゃないか」
面接というのは内容だけではなく、その人がどう見えるかという総合力が問われる。襟があるかないかだけでも、マナーを知っている人なのかという印象が変わるものだ。
このぐらいの男子に服装のことを言うと、たいてい反抗される。しかし息子は特に文句も言わず、ボタン付きの襟付きニットに着替えてきた。
試験が終わり、迎えに行くと、車に乗り込んできた息子は少しだけ表情が明るい。
「どうだった?」
「うん、今回は手応えあった」
結果はまだ分からない。
社会に出ると、人はさまざまな場面で役を演じる。
営業なら営業の顔、講師なら講師の顔。最初は演技のようでも、やがてそれが自分の型になる。
自信というのは、最初からあるものではない。
こうして少し背伸びをして、自信のある自分を演じるところから始まるのかもしれない。
今週も土曜日は会社はお休み。
令和8年の3月は基本的に土曜日が休みですが、21日だけは営業日となっています。
とはいえ、完全に休んでいるわけではありません。
お見積もりなどは、できる限り対応しています。
そんな訳で、本日も一件、お見積もりに行ってきました。
最近ご相談が多いのが、90代の男性のお宅の整理です。
今回の目的はとてもはっきりしていました。
転倒の防止。つまり動線の確保です。
高齢になると、ちょっとした段差や物の多さが事故につながります。
だからまず行うのは、物量のコントロール。
つまり、必要以上に増えた物を減らすことです。
ただ、ここで終わらないのが整理の仕事です。
物が減ると、本当に必要な物が見えてきます。
それらを
・使用するシーン
・使用頻度
・使う場所
といった視点で分類していきます。
毎日使うもの。
外出のときに使うもの。
来客のときに使うもの。
季節で使うもの。
そんなふうに、暮らしの場面と頻度の両方から整理していく。
そして分類ごとに収納を整えていきます。
本日のご相談は、収納の提案までという内容でした。
単に物を捨てるというご依頼よりも時間はかかります。
けれど、こうして整えた環境は
リバウンドしにくく、使いやすく、何より安全です。
整理とは、物を減らすことだけではありません。
暮らしの動線を整える仕事。
そんなことを改めて感じた一日でした。
ビジネスというものを、もし200年という時間で考えたらどうなるだろう。
そう思うと、少し面白くなる。
今、私たちが必死に取り組んでいる仕事のほとんどは、きっと200年後には存在していない。会社も、商品も、仕組みも、社会の形すらも、きっと大きく変わっているはずだ。
200年前の人たちが必死にやっていた仕事を、今の私たちはほとんど知らない。それと同じことが、これから先にも起きるのだろう。
そう考えると、なんだか肩の力が抜ける気もする。
しかし不思議なことに、日々の仕事はそう簡単にはいかない。
目の前には、今日決めなければならないことがある。
人のこと、会社のこと、未来のこと。
一つひとつ、とことん悩む。
たぶん、その繰り返しが仕事なのだろう。
200年後には残らないかもしれない。
それでも、今日という一日は確かにある。
その一日の中で、悩み、考え、決める。
その積み重ねが、会社という形になり、仕事という形になり、誰かの暮らしにつながっていく。
200年という時間の中では、ほんの一瞬の出来事なのかもしれない。
それでも、その一瞬を真剣に生きる。
ビジネスというのは、案外そんな営みなのかもしれない。