鶴岡市の粗大ごみ・不用品回収はお任せください|家財整理・引越しごみ・事業系ごみにも対応
鶴岡市を中心に、粗大ごみ収集、不用品回収、家財整理、家庭内ごみ収集、引越しごみの片付け、一般廃棄物・産業廃棄物の収集運搬まで幅広く対応しています。
総合案内0235-24-1048
ゴミ受付0235-25-0801

窓口8:30〜11:45/13:00〜16:30
電話対応8:00〜12:00/13:00〜17:00
定休日日・祝・土曜不定休・年末年始
  1. 環境管理センターブログ
 

環境管理センターブログ

2026/04/08
867/1000 いらぬ心配の春   

今日は末の娘の高校の入学式に参加してきた。

いつもは家の中でいちばん遅く起きるのに、この日ばかりは誰よりも早く起きていた。鏡の前で髪を整えたり、顔のあれこれに時間をかけたりしている様子が、なんとも微笑ましい。

出発前、Yシャツの腕のボタンが留められないと言って、こちらに腕を差し出してきた。

袖口のボタンを留めてやると、今度はボタンダウンの襟のボタンも、と言ってまた少し身を寄せてくる。

少し前までは当たり前だったその仕草が、今日は妙に印象に残った。こうして頼られる時間も、もうそう長くはないのだろうなと思う。

昨日は兄からネクタイの結び方を教わっていたそうだという。そう聞いて、ああ、そういえば彼にも同じことを教えたなと思い出した。時間というのは不思議なもので、同じ場面が少し形を変えて何度も巡ってくる。

出発前にぽつりと、

「友達できるかなー」

と言うところまで、兄とまったく同じだった。

そのときも同じように思ったものだが、それはきっと、いらぬ心配というやつだ。子どもたちは親が思うよりずっと軽やかに、新しい場所に根を張っていく。


会場で周囲の父母に目を移すと、どこか成人式のような風情があった。末の子ともなると、父母としては上の年齢層なのかもしれない。

まわりの父母が、どこか若く見えた。

しかもよく見ると、長髪、金髪、髭、ハット。親の校則違反がなかなか目立つ(笑)。


娘はと言えば、式が始まる頃には、初めて見る顔のクラスメイトともう親しげに話していた。やはり心配無用のようだった。

見送る背中を眺めながら、ああ、大丈夫だなと思う。


親たちにとっての3年間は、風のように過ぎるだろう。

2026/04/06
865/1000 月曜日が混みはじめた理由  

土曜日の営業を休みにしてから、月曜日の忙しさが凄まじい。

朝から電話は鳴りっぱなし。

持ち込みのお客様も長蛇の列で、受付の前には車が途切れない。

 

これまで土曜日に分散していた仕事が、そのまま月曜日に集まってきたのだと思う。

 

年間休日を100日から114日に増やすと決めたとき、頭では理解していたつもりだった。

けれど現場の変化というのは、こうして音や空気の密度としてやってくる。

 

そんな日は私も受付に立ってレジを打つ。

とはいえ慣れているわけでもないので、どうにも手元がもたつく。

特にテレビや冷蔵庫などのリサイクル家電は、メーカーや大きさによって料金が違い、しかも何の都合か頻繁に変更になる。確認しながらの対応になるので、どうしても時間がかかってしまう。

 

後ろに列ができているのが気になりながら、「少々お待ちください」と言うしかない。

 

個人・法人、現金・PayPay・クレカ・伝票掛売り、もたつくおじさんである。

 

それでも、お客様は静かに待ってくださる。

ありがたいことだなと思う。

 

休みを増やすというのは、単に楽になるという話ではない。

働き方を変えるということは、仕事の流れそのものを組み替えることなのだと改めて感じている。

 

しばらくは月曜日が忙しいだろう。

けれど、この変化の先に、持続できる働き方がある。

 

今日も受付の前には列ができている。

私は相変わらず少しもたついているが、それもまた会社が変わっている途中の風景なのだと思っている。

 

とにかく1ヶ月で使い物になる受付を目指す。


2026/04/04
863/1000 今日もここから未来に手を振る   

5年日記の3冊目。その2周目に入った。

つまり12年目に突入したということになる。

続けていると面白いのは、これまでの自分がすぐ隣にいることだ。ページを開けば、過去の今日の出来事や、その時に考えていたことが静かに並んでいる。「こんなことがあったな」と思い出す日もあれば、「こんなことを気にしていたのか」と少し他人のように読む日もある。

 

以前どこかで、時間というのはミルフィーユのように重なっている、と聞いたことがある。昨日の自分、去年の自分、10年前の自分。どれも消えてしまったわけではなく、層になって今の自分の中に残っているという話だ。

 

日記は、それを目に見える形にしてくれる。

 

ページを開くと、そこに確かに過去の自分がいる。しかも懐かしいというより、まだ体温の残ったままの距離でそこにいる。

 

人はよく「あの頃に戻れたら」と言うけれど、不思議な言葉だと思う。本当は戻らなくても、あの頃はちゃんと今の中にあるのだから。

 

迷っていた時期も

頑張っていた時期も

何も進んでいないように感じていた日々も

 

全部が重なって、今の自分をつくっている。

 

そう思うと、過去は遠くへ去っていくものではなく、静かに積み重なっていくものなのだと感じる。

 

どんなことがあっても、今が一番いいと感じられる自分でいられることが、なんと言ってもありがたい。

 

若い頃は未来のどこかに答えがある気がしていた。けれど今は違う。昨日までの自分を全部連れて歩いている「今」そのものが、一番確かな場所のように思える。

今日の一行もまた、新しい一枚として重なっていく。

 

今日もここから未来に手を振る。


2026/04/02
861/1000 失敗は集めるもの   

失敗するのを恐れたらいかん。最近、そんなことをよく思う。

何かにチャレンジしようとする時、失敗は付きものだ。というより、最初からセットになっているものだと思う。コインの裏表のように、成功と失敗は一緒に存在している。


若い頃はそれがよく分からなかった。失敗しない方法を探したり、できるだけ恥をかかない道を選ぼうとしたりしていた気がする。しかし人間を50年もやっていると、だんだん見えてくるものがある。失敗は避けるものではなく、集めるものなのだ。

むしろ、失敗が満員御礼になるくらい集まらないと、その先にある成功には辿り着けない。成功というのは、突然現れるものではなく、失敗という小さなピースが一つひとつ埋まっていくことで形になるものなのだと思う。


年齢を重ねるほど、失敗が怖くなる。恥をかきたくなくなる。立場もでき、守るものも増えるからだ。

けれど本当は逆なのだろう。

失敗の意味が分かる年齢になった今こそ、もう一度チャレンジしていい。

さて、令和8年も思いっきり恥をかこうか。

2026/03/31
859/1000 社長の成績表は如何に   

カレンダーを見て、しみじみ思う3月31日。

これまで何度も迎えてきたはずの日なのに、今年は少し違う気持ちでこの日を眺めている。

令和7年度。

働いたなあ、と思う。

 

もちろん24歳から四半世紀、ずっと働いてきた。今さら何をと言われるかもしれない。それでも今年は、「よく働いた」と自分で自分に言ってやりたくなる一年だった。

 

振り返ってみると、会社のスタッフのために働いた一年だった気がする。

その感覚は不思議と、24歳、社会人一年目の頃とどこか似ている。

 

あの頃は、とにかく役に立ちたかった。

迷惑をかけていないか。少しでも誰かの仕事が楽になっているか。そんなことばかり考えていた。

 

「働く」という言葉は、「傍を楽にする」とも言われる。語源として正しいかどうかはさておき、とても好きな解釈だ。誰かの側を楽にすること。それが働くということなのだとしたら、今年は確かに働いた一年だったと思える。

 

社長になってからは、つい会社の未来や数字ばかりを見がちになる。

売上や利益、仕組みづくり、新しい挑戦。どれも大切なことだ。

 

けれど今年に限って言えば、少し違った。

目の前にいるスタッフが安心して働けているかどうか。そのことを一番に考えていた気がする。

 

では――社長の成績表は如何に。

 

数字で見れば、きっといろいろある。反省も課題もある。

それでももし評価の基準が、「傍を楽にできたかどうか」だとしたら、この一年は悪くなかったのではないかと思っている。

 

カレンダーの上の3月31日を眺めながら、そんなことを静かに考えている。

また新しい一年が始まるけれど、できれば来年の今日も同じように、「よく働いた」と言えたらいいなと思う。
<<  <  2  3  4  >  >>
  • 電話番号0235-24-1048
    営業時間

    窓口 8:30〜11:45/13:00〜16:30

    電話対応 8:00〜17:00

    定休日日・祝・土曜不定休・年末年始
    所在地山形県鶴岡市宝田三丁目16−20