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仕事上のミスというのは、できればしたくないものだ。
これはベテランになればなるほど、役職が上になればなるほど、なおさらそう思う。
経験もある。責任もある。判断も任されている。
だからこそ「間違えない人でいたい」と思ってしまう。
しかし社長もミスをする。
そしてその瞬間、ほんの一瞬だけだが、
できれば隠したいという衝動に駆られることがある。
これは正直なところだと思う。
けれども、ミスを隠すという選択だけはしてはいけない。
小さなミスほど早く伝える。
あっさりと告げる。
しっかり対応する。
そして引きずらない。
これに尽きる。
むしろ社長がそうしている姿そのものが、会社の空気をつくるのだと思う。
ミスを責める会社になるのか、
ミスから立ち上がる会社になるのかは、きっとここで決まる。
ミスをしない人になることより、
ミスを正しく扱える人でありたい。
私には、経営者としても、人としても師匠と呼べる方がいる。
もう亡くなって8年が経つ。
コロナがあり、社会の変化があり、そしてAI革命のような大きな波もやってきた。その節目節目で、何度も思った。
こんなとき師匠だったら、なんと言っただろう。
ここ一年は特に壁にぶつかることが多く、やはり相談できたらなあと、そんな思いが心のどこかにずっとあった。
そんな折、ふと一冊の冊子のことを思い出した。
師匠の奥様からいただいたものだ。師匠が大切にしていた言葉がぎっしりと詰まっている冊子だった。
これまでも何度かページをめくったことはあった。けれどそのときは、「いい言葉だな」と思う程度で、どこか遠くから眺めていたような気がする。
ところが最近改めて開いてみると、裏表紙の一文が目にとまった。
「“朝が来ない夜はない”という諺がありますが、朝が来ない夜を私は行くたびか修羅の中で体験してきました」
その続きを読んだとき、はっとした。
そこに並んでいた言葉は、励ましの言葉ではなかった。
成功者の言葉でもなかった。
どん底で震えていたとき、自分で自分を励ますために書き留めた言葉。
そのひとつひとつが「痛痕の譜」だと記されていた。
なるほどと思った。
強い人の言葉ではなく、震えながら歩いた人の言葉だったのだ。
だからこそ今の自分に届いたのだと思う。
師匠はいない。けれど言葉は残っている。
そしてその言葉は、不思議なことに、今の自分に向けて語りかけてくる。
亡くなって8年経っても、こうして励まされている。
私には、今も師匠がいる。
そう思えたことが、とても嬉しかった。
自分の内側にある「こうしてほしい」という願いを、そのまま相手に向けてみる。
責めてほしいわけではなく、理解してほしい。
否定してほしいわけではなく、認めてほしい。
距離を置かれたいわけではなく、近づいてほしい。
当たり前のことのようだけれど、これがなかなか難しい。気づけば人は、望んでいることとは反対の態度を取ってしまうものだ。理解してほしいのに責めてしまう。認めてほしいのに否定してしまう。近づきたいのに距離を取ってしまう。
人は鏡だというけれど、本当にそうだと思う。
こちらが責める気持ちを持っていると、相手も責めてくる。身構えていると相手も身構える。逆に、少し理解しようとしてみると、不思議と相手も話してくれるようになる。こちらの差し出し方が、そのまま返ってくることが多いのだ。
だから、自分が相手から向けてほしい気持ちを、そのまま先に差し出してみる。
すると状況は驚くほど変わる。劇的に変わると言ってもいい。空気が変わり、言葉が変わり、関係の向きが変わる。その変化の早さに、自分でも少し面白くなるくらいだ。
相手を変えようとすると難しい。でも、自分の向きだけなら変えられる。その小さな変化が、結果として関係全体を動かしていく。
人は皆、優しくしたいし、されたいのだと思う。
強く見える人も、無口な人も、少し距離を取る人も、その奥には同じ願いがあるはずだ。だからこそ、「こうしてほしい」という願いは遠慮せずに先に差し出してみればいい。
人は鏡だという言葉は、相手を責めるための言葉ではなく、自分の関わり方を整えるための言葉なのだと思う。
そう考えるようになってから、人と向き合うことが少しだけ楽しくなった気がしている。
私たちが拠り所としている整理収納アドバイザー理論は、今から20年以上前、家事代行という仕事を社会に位置づけるための裏付けとなるライセンスとして誕生した。
当時、家事は家庭の中で行うものであり、それを職業にするという発想には、どこか違和感があった時代だったのだと思う。
そして、私たちの仕事の柱となっている遺品整理もまた同じだった。
遺品整理は本来、家族が行うものとされてきた。そこに第三者が関わり、それを生業にするということは、以前は少し非常識なことのように見られていた。
けれど今、家事に国家資格を設けようという議論が始まっている。
かつて家庭の中に閉じていた仕事が、社会の仕事として言葉を与えられようとしているのだ。
整理収納も、遺品整理も、最初から評価されていたわけではない。
ただ必要とされていたから続いてきただけだ。
価値というものは、あとから社会が追いついてくる。
私たちが関わってきた仕事もまた、そういう時間の中にあったのだと思う。テレビ、冷蔵庫、洗濯機、エアコン。
いわゆるリサイクル家電は、「家電リサイクル法」という仕組みによって処分方法が決められており、処分の際にはメーカーや大きさごとに定められたリサイクル料金が必要になる。
この料金は、日本製だけでなく海外製も含めて細かく設定されており、さらに料金改定も時折行われる。現場でこれを確認し続けるのは、なかなか骨の折れる仕事だ。
その支払い方法の一つとして、郵便局でリサイクル料金を支払ってから持ち込むという方法がある。
実際に月にお二人ほど、その手続きを済ませてテレビや冷蔵庫を持ち込まれるお客様がおられる。
ただここで時々起こるのが、メーカーの記入違いや料金区分の誤りだ。
私たちは日々これらの家電を扱っているので基本的に間違うことはないのだが、郵便局での手続きの段階で誤りがあると、その場でやり直しが必要になってしまう。結果として、お客様にも私たちにも大きな時間のロスが生まれてしまう。
せっかく持ってきていただいたのに、もう一度手続きをお願いするのは、やはり心苦しいものだ。
実は、直接当社へお持ち込みいただければ、その場で確認しながら手続きを進めることができるので、いちばんスムーズに処理ができる。
制度として用意されている方法ではあるのだけれど、現場の実感としては、近道はもっとシンプルなところにあるのだと思う。
少しでも安心してお持ち込みいただけるように。
そんな思いで、日々受付に立っている。
我々の仕事は重い物を持つことが多い。
だから、腰を入れて持つ。足を開き、重心を落として、呼吸を整えてから持ち上げる。
持ち方にはコツがあるのだ。
これは経験で覚える。
ところが今日、重いと思って構えて持ったコピー用紙の箱が、実は空箱だった。
その瞬間、グキッと腰に来た。
重い物で痛めるならまだ納得がいく。
しかし空箱でやられるとは、なんとも締まらない話である。
人は「重いはずだ」と思うと体を固める。
ところが現実が軽いと、その力の行き場がなくなるらしい。
仕事も似ている気がする。
これは大変だ、と覚悟していた仕事は案外うまくいく。
たいしたことはないだろう、と油断した仕事ほど後から効いてくる。
空箱にも気をつけろ、である。
とはいえ今日は理屈より先に、まず腰を温めようと思う。
現場の教訓は、だいたい体で覚えるものだから。
私はこだわりの強い方だ。
でも最近つくづく思うのは、
「こだわっているうちは半人前だったな」ということだ。
こだわる分だけ、余計な何かがぶら下がっている。
つまり足かせのようなものだったのだと思う。
だから、こだわりは捨てる物だと頭では分かっていたのに、行動は伴っていなかった。
では何にそんなにこだわっていたのか。
たぶん、ネイキッドな自分を信頼していなかったのだと思う。
自分を隠し、理想の自分を演じるための「こだわり」だったのかもしれない。
こだわりを捨てると、不思議なことが起きる。
身軽になる、という程度の話ではない。
人生が好転し始める。
あれだけこだわっていた物が、随分つまらないものに見えてくる。
これは吉兆の知らせだ。
昨年から不眠に悩まされていました。
初めはドラッグストアで薬を買う。
→効果が感じられない。
医者に行って薬を服用。頓服は確かに眠れるのだけれど、全身麻酔の後のような、口が乾いて、味覚がおかしくなって、気分が悪い。
これはいかん。
ということで薬は軽い物に変更。すると今度はなかなか寝つけない。これは困った。
そこで本を読んだり、ツボを押したり、いろいろ試しました。最近では午後はカフェインレスにもしています。
それでも難しい日もあった。
そんな時の対処法はさまざまあるとは思いますが、今のところ私の最善策はこれです。
歌を歌う。
正確には「口ずさむ」でしょうか。
セルフ子守唄です。
声に出してゆっくり歌っていると、不思議と呼吸が整ってきます。考え事も少しずつほどけていく。そして気がつくと、いつの間にか眠っている。
誰に教わったわけでもないのですが、これは効きます。
眠れない夜に無理に眠ろうとするより、自分で自分を寝かしつけるような感覚。
大人になってからの子守唄も、なかなか悪くないものです。
お試しあれ。
やはり夜明けが早くなってきた。
何が違うかというと、布団の中で聴く鳥の囀りだ。
なんの鳥かは分からないのだが、いろんな種類の声が重なって聞こえてくる。
そのうち田んぼに水が張られれば、餌を求めてカモメも山を越えて行く。
この季節だけ空の高いところから聞こえてくる、あの涼しげな鳴き声が私はとても好きだ。
しかもカモメというのは、意外と長生きらしい。
あの声で、毎年こうして春を知らせに来てくれているのかと思うと、なんだか親しみが湧いてくる。
会社のテラスでは、今年もツバメが巣作りの真っ最中だ。
毎年のこととはいえ、ちゃんと帰ってくるのだからたいしたものだと思う。
冬の間、いったい何を食べて生き延びてきたのだろう。
雪も風もあったはずなのに、何事もなかったように春を始めている。
野生の鳥たちは偉いなあ、と素直に感心してしまう。
そんな声を布団の中で聞きながら、
俺もがんばろっと、と思う朝である。
最近、妻がよく体重計に乗っている。
どうやらダイエットを頑張っているようだ。
朝だったり夜だったり、気がつくと静かに体重計に乗っている。以前はそれほど気にしている様子もなかった気がするので、きっと今は少し違うのだろう。
人は気になっていない時には、あまり体重計には乗らないものだと思う。というより、現実を見たくない時には乗らない。
数字は正直だからだ。
けれど毎日のように乗っているということは、昨日より軽くなっているかもしれないと、どこかで期待しているのだろう。
その様子を見ていて、気になるというのは大切なことだなと思った。
気になるから動くし、気になるから続く。
もちろん行き過ぎは禁物だけれど、人生には案外こういう「ちょっと気になる」が必要なのかもしれない。
ちなみに私は、痩せてから体重計に乗る回数が増えた人間である。
やはり人は、現実が少し優しくなった時ほど、それを確かめたくなるものらしい。
人を信じることの大切さについて、今日は少し考えてみた。
当たり前のことだけれど、人を思い通りに動かすことはできない。
催眠術でもかければ別かもしれないが、そんなことは現実には起こらない。
それでも人は、不思議なほど「思い通りに動いてほしい」と願ってしまう。
そして動かなければ、落胆し、怒り、時には嘲る。
けれど、それを繰り返していても世界は変わらないし、明るい未来が近づいてくる気配もない。
「変えられるのは自分と未来だけ」
よく聞く言葉だ。
確かにその通りだと思う。けれど、ではどうやって自分を変えるのかについては、あまり語られていない気がする。
それは少し不親切ではないか、とも思う。
私はここに「信じる」という言葉を加えたい。
相手を信じる自分に変わる。
それが、今この瞬間からできる第一歩なのではないだろうか。
人を動かそうとするのではなく、人を信じてみる。
すると不思議なもので、自分の言葉の選び方が変わり、態度が変わり、待ち方が変わる。
信じるというのは、期待することとは少し違う。
コントロールすることでもない。
相手には相手の時間があり、考えがあり、事情がある。
それでも大丈夫だと思えること。
それが信じるということなのだと思う。
信じることを土台に置いて、自分の行動を変えていく。
そうすると、周りの景色が少しずつ変わり始める。
変えられるのは自分と未来だけ。
その「自分」を変える入口は、案外シンプルで、
誰かを信じてみることなのかもしれない。
今日は末の娘の高校の入学式に参加してきた。
いつもは家の中でいちばん遅く起きるのに、この日ばかりは誰よりも早く起きていた。鏡の前で髪を整えたり、顔のあれこれに時間をかけたりしている様子が、なんとも微笑ましい。
出発前、Yシャツの腕のボタンが留められないと言って、こちらに腕を差し出してきた。
袖口のボタンを留めてやると、今度はボタンダウンの襟のボタンも、と言ってまた少し身を寄せてくる。
少し前までは当たり前だったその仕草が、今日は妙に印象に残った。こうして頼られる時間も、もうそう長くはないのだろうなと思う。
昨日は兄からネクタイの結び方を教わっていたそうだという。そう聞いて、ああ、そういえば彼にも同じことを教えたなと思い出した。時間というのは不思議なもので、同じ場面が少し形を変えて何度も巡ってくる。
出発前にぽつりと、
「友達できるかなー」
と言うところまで、兄とまったく同じだった。
そのときも同じように思ったものだが、それはきっと、いらぬ心配というやつだ。子どもたちは親が思うよりずっと軽やかに、新しい場所に根を張っていく。
会場で周囲の父母に目を移すと、どこか成人式のような風情があった。末の子ともなると、父母としては上の年齢層なのかもしれない。
まわりの父母が、どこか若く見えた。
しかもよく見ると、長髪、金髪、髭、ハット。親の校則違反がなかなか目立つ(笑)。
娘はと言えば、式が始まる頃には、初めて見る顔のクラスメイトともう親しげに話していた。やはり心配無用のようだった。
見送る背中を眺めながら、ああ、大丈夫だなと思う。
土曜日の営業を休みにしてから、月曜日の忙しさが凄まじい。
朝から電話は鳴りっぱなし。
持ち込みのお客様も長蛇の列で、受付の前には車が途切れない。
これまで土曜日に分散していた仕事が、そのまま月曜日に集まってきたのだと思う。
年間休日を100日から114日に増やすと決めたとき、頭では理解していたつもりだった。
けれど現場の変化というのは、こうして音や空気の密度としてやってくる。
そんな日は私も受付に立ってレジを打つ。
とはいえ慣れているわけでもないので、どうにも手元がもたつく。
特にテレビや冷蔵庫などのリサイクル家電は、メーカーや大きさによって料金が違い、しかも何の都合か頻繁に変更になる。確認しながらの対応になるので、どうしても時間がかかってしまう。
後ろに列ができているのが気になりながら、「少々お待ちください」と言うしかない。
個人・法人、現金・PayPay・クレカ・伝票掛売り、もたつくおじさんである。
それでも、お客様は静かに待ってくださる。
ありがたいことだなと思う。
休みを増やすというのは、単に楽になるという話ではない。
働き方を変えるということは、仕事の流れそのものを組み替えることなのだと改めて感じている。
しばらくは月曜日が忙しいだろう。
けれど、この変化の先に、持続できる働き方がある。
今日も受付の前には列ができている。
私は相変わらず少しもたついているが、それもまた会社が変わっている途中の風景なのだと思っている。
とにかく1ヶ月で使い物になる受付を目指す。
5年日記の3冊目。その2周目に入った。
つまり12年目に突入したということになる。
続けていると面白いのは、これまでの自分がすぐ隣にいることだ。ページを開けば、過去の今日の出来事や、その時に考えていたことが静かに並んでいる。「こんなことがあったな」と思い出す日もあれば、「こんなことを気にしていたのか」と少し他人のように読む日もある。
以前どこかで、時間というのはミルフィーユのように重なっている、と聞いたことがある。昨日の自分、去年の自分、10年前の自分。どれも消えてしまったわけではなく、層になって今の自分の中に残っているという話だ。
日記は、それを目に見える形にしてくれる。
ページを開くと、そこに確かに過去の自分がいる。しかも懐かしいというより、まだ体温の残ったままの距離でそこにいる。
人はよく「あの頃に戻れたら」と言うけれど、不思議な言葉だと思う。本当は戻らなくても、あの頃はちゃんと今の中にあるのだから。
迷っていた時期も
頑張っていた時期も
何も進んでいないように感じていた日々も
全部が重なって、今の自分をつくっている。
そう思うと、過去は遠くへ去っていくものではなく、静かに積み重なっていくものなのだと感じる。
どんなことがあっても、今が一番いいと感じられる自分でいられることが、なんと言ってもありがたい。
若い頃は未来のどこかに答えがある気がしていた。けれど今は違う。昨日までの自分を全部連れて歩いている「今」そのものが、一番確かな場所のように思える。
今日の一行もまた、新しい一枚として重なっていく。
今日もここから未来に手を振る。
失敗するのを恐れたらいかん。最近、そんなことをよく思う。
何かにチャレンジしようとする時、失敗は付きものだ。というより、最初からセットになっているものだと思う。コインの裏表のように、成功と失敗は一緒に存在している。
若い頃はそれがよく分からなかった。失敗しない方法を探したり、できるだけ恥をかかない道を選ぼうとしたりしていた気がする。しかし人間を50年もやっていると、だんだん見えてくるものがある。失敗は避けるものではなく、集めるものなのだ。
むしろ、失敗が満員御礼になるくらい集まらないと、その先にある成功には辿り着けない。成功というのは、突然現れるものではなく、失敗という小さなピースが一つひとつ埋まっていくことで形になるものなのだと思う。
年齢を重ねるほど、失敗が怖くなる。恥をかきたくなくなる。立場もでき、守るものも増えるからだ。
けれど本当は逆なのだろう。
失敗の意味が分かる年齢になった今こそ、もう一度チャレンジしていい。
さて、令和8年も思いっきり恥をかこうか。
892/1000 革命が必要な時
明日は地域のお祭りで、その準備に駆り出された。元々は平日に行われていたこの祭りだが、色々な思惑によってゴールデ
900/1000 組織の中心という話
最近、「存在者一中心の原理」という言葉に出会った。どんな組織や共同体にも、“中心”は一つであるという考え方だ。