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先日、車をぶつけてしまった。ほんの一瞬の不注意だったのだが、「ああ、やってしまった」と胸の奥に冷たいものが広がった。その瞬間、ふと先輩の言葉を思い出した。
「あなた、最近、誰かとぶつかってない?」
冗談のように言われた言葉だったが、なぜか強く心に残っている。車の接触と、人と人との関係における「ぶつかり」。まったく別物のようでいて、実はよく似ているのかもしれない。そして、この事故には何か意味があると本気で考えた。
思えば、知らず知らずのうちに対立を生み出してしまっていた。自分では真剣に向き合っているつもりでも、相手からすれば押しつけに聞こえたり、言葉の選び方ひとつで距離をつくってしまったりする。小さな衝突が積み重なれば、大きな溝になることだってあるのだ。
けれども、ぶつかりを完全に避けることはできない。むしろ大切なのは、その後どうするか。車なら修理や調整をして再び走り出すように、人間関係もまた、修復の過程を通じて強さや深さを得ることがある。
融和とは、相手と同じになることではない。違いを認めたうえで互いに歩み寄り、新しい調和をつくり出すことだ。ぶつかったからこそ見える景色があり、その先にこそ本当の融和があるのだと思う。
だから私は、この小さな事故を通して改めて心に刻んだ。対立は避けられない。けれど、対立を通じて融和に至る力を持ち続けたいと。人も社会も、その繰り返しの中で前へ進んでいくのだろう。
空家の整理やごみ回収など、日々さまざまな見積書を作成しています。ご依頼いただく場合もあれば、そのまま流れることもある。すぐに決まることもあれば、三年後に連絡をいただくこともあります。
特に空家の整理は、ご依頼が数年後というケースも多い。その間、記憶の片隅に留めておかなければなりません。もちろん写真で記録も残しますが、それだけでは足りない。
そこで私が大切にしているのが、二つの“ひと手間”です。
一つは電卓を叩くこと。
見積書は自動で合計が算出されます。だから電卓で改めて計算する必要は本来ありません。それでも電卓を叩くことで、数字がただの羅列ではなく、頭に実体として刻み込まれるのです。これは私にとって、見積書に自信を与える儀式のようなものです。
もう一つは一日寝かせること。
完成した見積書をすぐ提出せず、一晩置く。翌日あらためて見直すことで、客観的に判断でき、ミスや改善点に気づけることが多々あります。
こうした“ひと手間”は、きっと多くの方も自然とやっていることかもしれません。
だからこそ、見積書というのはただの数字合わせではなく、人と人との信頼を形にする大切な書類なんだと感じています。
日暮れが早くなり、19時にもなればすっかり真っ暗。気温も20℃を切り始め、秋の気配が漂うこの頃。そんなある日の夜、お客様の所で社用車をぶつけてしまいました。
相手はコンクリートブロック。幸い、相手に損傷はありませんでしたが、こちらの相棒プリウスくんはかなりの深傷を負ってしまいました。助手席側のドアの死角にちょうど隠れるその障害物。注意していたつもりでしたが、結果として「つもり」で終わってしまったのです。
日頃、口癖のように「安全運転・安全作業」とスタッフに声をかけているだけに、当の本人がこんなことになると、示しがつかないなと強く反省しました。やはり一番のハードルは、自分の中のプライドだったのだと思います。社長である自分が事故を起こしたと認めるのは、正直なところ気恥ずかしいものがありました。
それでも、そこを押さえて今朝の朝礼では状況を詳しく話し、皆にお詫びしました。隠さずに共有することで、同じ失敗を繰り返さないための学びにもなり、私自身も少し肩の力が抜けました。
事故というのはいろんな偶然が重なって起こってしまう。不思議といえば不思議、でも結果は事実で後戻りはできない。だからこそ、やはり気を引き締めて、ハンドルを握ることが大切だなと感じています。
先週から続けてきたスタッフとの一対一面談も、いよいよ明日で最終日。
30名弱のスタッフそれぞれと向き合い、一人あたり10分の予定を組んでいるのだけれど、実際には30分、時には2時間を超えることもあります。気がつけば、その人の思いや日常、これまで見えていなかった本音までが、どんどん溢れ出てくる。そんな時間が嬉しくて、ありがたくて、私にとっても学びのひとときです。
20代から60代まで、幅広い世代のスタッフと向き合う面談は、まるで人生をザッピングしているような時間。
若い衆の話を聴けば、「俺にもこんな時期があったな、あの頃はまだガキだったな」と自分の過去を思い出す。
そして先輩世代の話を聴けば、その言葉の奥にリアルな現実と、これから自分も向き合うことになるであろう人生の重みを感じる。
一人ひとりと向き合う中で、自分の人生を行ったり来たりしているような、不思議な感覚になるのです。
これまでも数年にわたり、この面談を続けてきましたが、以前は「これだけは言わなければ」と、どこか構えて挑んでいたところがありました。けれど今は違います。作戦も操作もなし。ただ心から聴くことに徹し、真正面から受け止める。そんなストロングスタイルで臨むことが、自分にとってもしっくりきています。
相手の声をそのまま受けとめることで、私自身の心も整理されていく。骨は折れるけれど、この面談の時間はやめられない。
だからこそ、これからもストロングスタイルで聴き続けたいと思います。
整理収納アドバイザーの大先輩で、私にはじめの一歩を伝授してくださった歌川えつこ先生のお導きで、仙台の「珈琲まめ坊」さんのハンドドリップ講座に参加しました。
コーヒーを淹れるという行為は、ただの作業ではなく、心のあり方そのもの。
「どんなコーヒーを淹れたいのか」「目の前の人にどんな一杯を届けたいのか」というイメージが、そのまま味に反映される。
講座で学んだのは、技術と同時に“心を込めることの大切さ”でした。
帰り道、私はもうワクワクが抑えられず、早速ホームセンターへ。
ポットやスケールなど器具を買い集め、家に帰ってまめ坊さんのオリジナルブレンドを淹れてみました。
一口含むと、確かに香りも豊かで、味も好みど真ん中。思わず「美味しい!」と声が出るほど。
しかし、どこか違う。
講座で見たような、蒸らしのときにふわりと湧き上がる「コーヒードーム」が立ち上がらないのです。
あの瞬間の感動を再現できない。これが、まだまだ修行が必要だという証なのだと気づきました。
それでも、たった一杯のコーヒーを通して、こんなにも自分の心が揺さぶられるなんて。
湯気の向こうに見える世界は、ゆっくりと深く、私を惹き込んでいきます。
美味しいけれど未完成。完成には程遠いけれど、その道のりさえ楽しい。
インドア派の私にとって、これほど夢中になれるものはなかったのかもしれません。
最高の一杯を淹れるという、最高の趣味に出会ってしまったのです。