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昔、ゼミの先生から教わった言葉がある。
「必殺技は一つでいい。」
名だたる格闘家といえど、決め技は一つ。
その技が最大限活きるフィールドにどう持ち込むか。
勝負はそこから逆算して組み立てられている。
最近、その言葉を思い出している。
私の必殺技は何かと問われれば、
それはおそらく“フットワーク”だろう。
物理的にも動くし、決断も早い方かもしれない。
滞ると、どうにも気持ちが悪い。
止まるくらいなら、多少粗くても進みたい。
初動が早い人とは呼吸が合う。
安心するというより、加速できるからだ。
ただ、その一方で反省もある。
PDCAを回しているつもりが、
Pが薄いままDに入っていることがある。
あるいはDばかり重ねてしまうことも。
そんな時に立ち返るのが、
ゼミで教わったバイブルだ。
『ビジネスプランニングの達人になる法』
恩師、志村勉先生の一冊。
新しいことを始めるときは、
まずナビフレームに落とす。
これが私の習慣になっている。
フレームワークは、足枷ではない。
むしろ発射台だ。
感覚だけで走るのではなく、
いまどこにいて、どこへ向かうのかを確認する。
ほんの数分の整理で、
Dの質が変わる。
若い頃は理論として読んでいた本が、
今は経営の武器として迫ってくる。
同じページなのに、刺さり方が違う。
必殺技は一つでいい。
だが、技を当てるための“型”は必要だ。
フットワークという武器を磨きながら、
ナビフレームで方角を確認する。
加速するために、立ち止まる。
このバランスが、
いまの私のテーマなのかもしれない。
今日から三月。
息子を高校の卒業式へ送っていった。彼は在校生として参加、校門には晴れ着姿の父母が並び、春の光が少しだけまぶしい。進路がまだ定まらない生徒も多いのだろう、祝賀一色というより、未来へ向かう静かな緊張が漂っていた。
「終わり」と「始まり」が同時に立ち上がる日。
家に戻ると、徒歩1分、実家の母主催のひな祭り的食事会。八段飾りのお雛様が八畳間を堂々と占領している。整然と並ぶ人形たちは、何十年も同じ姿で、しかし毎年違う家族の時間を見守っている。
小林家のグループLINEには、その様子が流れてくる。離れて暮らす娘たちも、同じ春を共有している。
新しいという言葉には、不思議な高揚感がある。四月、新年度、真っさらな計画。まだ何も起きていないのに、可能性だけが膨らんでいる。
けれど考えてみれば、生き物は「新しくなる」ために、死ぬことを組み込まれているという。環境が変化する地球で進化を続けるため、個体は必ず終わりを迎える。終わるからこそ、更新できる。
卒業も同じだ。今の立場が終わるから、次の場所が生まれる。
三月は、その設計図を書き換える時間なのだろう。やり残したことを整え、土台を固める。古いやり方を一度手放し、新しい年度に備える。
終わりも素晴らしく、始まりも素晴らしい。
希望と覚悟。
新しい四月を、ただ待つのではなく、迎えにいく三月でありたい。
コスプレの集団が行き交い、サンタクロースのような風貌の外国のおじさんが、小脇にブラックニッカを抱えて酩酊している。ボトルは半分空だ。
何かを全力で“推す”集団。吊り革を握る腕から覗くハンギョドンの刺青。
刺激が多すぎる。
けれど誰も止めないし、誰も気にしない。それが日常として流れている。
そんな東京で、池袋にて新しいプロジェクトの打ち合わせ。
手応えは悪くない。
0を0.1にするのが一番難しい。
だが0が0.1になった瞬間、それはもう動き出したも同然だ。
今日は体感で50%進んだ。そんな空気だった。
顔を合わせると、情報は立体になる。
ネットでは分からなかったことが、短時間で輪郭を持つ。
その足で、新宿へ。
娘が横浜の店舗から新宿の店舗に異動になったので、そのショップに立ち寄り、昨日茨城でいただいた藁入りの水戸納豆を手渡す。
店内を見渡しても、誰が店長で誰がパートさんか分からない。
年齢でも、服装でも、肩書きでも判断できない。
東京らしいフラットさだ。
そしてもう一つ、東京らしいこと。
いつもネットで見ている商品を、普通に手に取ることができること。
画面越しに「いいな」と思っていたものが、そこにある。
今年はこれを買おう、とリストに入れていたアイテムもあった。
けれど実物は、少し印象が違った。ちょっとギラギラ感が強い。
画面の中では自分にとって完璧だったものが、
手に取ると「うーん、ちょっと違う」となる。
逆に、ノーマークだったものが妙にしっくりくることもある。
やはり、リアルには解像度がある。
人も、物も、プロジェクトも同じだ。
ネットで見ていた姿と、実際に会った時の印象は違う。
今日一日で改めて思った。
0を0.1にするのも、
“欲しい”を“持ちたい”に変えるのも、
結局はリアルの体温が決めるのだと。
東京は毎日がお祭りだ。
だがその祭りの中で、ちゃんと自分の感覚を確かめることができた一日でもあった。
完璧に、ウール素材の衣類は季節感がなくなった。
その境目が今週だったのではないかと感じている。
明日から関東へ出張。
ウールのスーツを着ていく予定だったが、やめた。
たったそれだけのことなのに、装いは意外と繊細だ。
この時期の出張は、着るものに少し悩む。
同じように悩むのが、時計である。
私は時計にかなり入れ込んでいる。
暇な時間の多くは、時計のことを考えている。
自分でもなぜなのか分からないが、やめられない。
きっと時計に自分を投影しているのだと思う。
本当は複数本持っていた方が合理的だ。
靴の色、ベルトのバックル、鞄のジッパー。
それらに合わせて時計を変えられたら、どれほど楽だろう。
だが、ポリシーとして相棒は一本と決めている。
だからこそ、時計のベルトを替える。
同じ時計でも、ダークブラウンのレザーをつければ柔らかくなる。
ブラックにすれば引き締まる。
ステンレスブレスに戻せば、季節と同調する。
時計そのものは変わらない。
けれど、縁取りが変わるだけで、まるで別の人格のようになる。
これが楽しい。
こんなに楽しいことはない。
制限があるからこそ、工夫が生まれる。
一本しかないからこそ、向き合う時間が濃くなる。
どうでもいいポリシーかもしれない。
けれど、こういう小さなこだわりが、自分の輪郭をつくっているのだと思う。
明日はどのベルトで行こうか。
そんなことを考える時間が最高に贅沢だ。
いよいよ2月最終週。
令和7年度も大詰めです。
今年度は、当社にとって「変化」の一年でした。
やり方を見直し、体制を整え、覚悟をもって舵を切ってきました。
その総仕上げのように、いまPDCAが高速で回っています。
そして今週から――
原則、土曜日を休業日とします。
これまではスタッフの交代制で土曜日も営業してきました。
粗大ごみの受付も行い、「土曜日にやってくれて助かるよ」と言ってくださるお客様もいらっしゃいました。
正直に言えば、心苦しさはあります。
けれど、会社を長く続けるために。
働く人が無理なく、誇りを持って働き続けられる体制をつくるために。
ここは避けて通れない決断でした。
働き方改革というと、どこか制度的で、冷たい響きもあります。
でも私たちにとっては違います。
地域をこれからも支え続けるための体制づくり。
その一歩です。
もちろん、すべての土曜日が休みというわけではありません。
年に数回、土曜日営業日も設けています。
詳しくは当社カレンダーをご確認いただければ幸いです。
どうなることやら。
正直、手探りです。
けれど、踏み出さなければ何も変わらない。
走りながら整えていく。
それが今の当社のスタイルです。
3月という節目を前に、
会社もまた一つ、形を変えます。
小さな変更かもしれません。
でも、その裏には「続ける」という大きな意志があります。
ご理解いただけましたら幸いです。
そしてこれからも、どうぞよろしくお願いいたします。